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CONCEPT STORY

コンピュータは恐くない

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2011年、デスクトップから携帯端末へ、私たちがどこにいてもオンラインでいられるほどにインターネットは軽くなりました。

ネット上では音も画像もテキストも、全ての情報が0と1に置き換えられ、光の言葉となって流れています。私たちのコンピュータは機械語の翻訳者として光を人間の理解できる情報へ変換する技術とスピードを磨き上げてきました。技術者達は翻訳の間違いや失敗を見付けると、それをバグとかエラーと呼び理解できないことを恐れ、パッチによって修正を施してきました。

しかし、現実のインターネット上には、SEO対策ソフトウエアによって自動更新されるスパムブログや、無作為に大量送信されるスパムメール、他人になりすましたtwitterアカウントや自動化されたボットなど大量のノイズが満ちています。利便性をfor文や関数に求めつづけた人間はインターネットの支配権を失いつつあるのです。こういった状況に人々はその氾濫する情報をバグ同様に煙たがり、チューリングを徹底させたfacebookへとその居場所を移しはじめています。

情報を誰でも簡単に公開できるインターネットは、プログラムと人間の共存によって自動化が進んできました。それに伴ってウェブサイトからブログへ、ブログからつぶやきへ、つぶやきから「いいね!」へ、コンテンツはどんどん小さくなっています。いま、ウェブサイトは一人の人間には把握できないほど、小さな出来事が増えてしまい、パターンかなにかを使ってそれらをまとめないかぎり、理解することは難しくなりはじめています。クラウド化するコンテンツが私たちの頭上に暗雲をたちこめて、理解する方法のないインターネットを人々が恐れる時代がやってきてしまったのです。

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今わたしたちがいるこの世界とは約15年前、ちょうどYahoo! Japanがリンク集を公開した1996年頃まで同じような道を歩んできたのにもかかわらず、インターネットが発達しなかったもうひとつの地球があります。“その星”では人々が近い仲間とのコミュニケーションを好んだためか、インターネットは大学や金融など専門的な分野でしか利用されず、一般家庭に提供されることはありませんでした。それどころか、ディスプレイの横に四角い箱、そしてマウスとキーボードというお馴染みのインタフェースそのものが変化してきました。

一つの大きな理由に、やはり“その星”特有の技術の進歩があります。はじまりは、96年にパラマウントベッドとNECが共同で開発した、自動起床装置内蔵のベッド型という少し変わったコンピュータでした。新聞記者を中心としたビジネス層にヒットしたこれは、寝ながら仕事をしていて、たとえ眠ってしまってもコンピュータが優しく起こしてくれるというもので、“その星”における家電型コンピュータの先駆けとなりました。これによって早い段階から、人とコンピュータの物理的な共存関係が作られ、一般化していきました。97年以降はINAXからトイレ型や、無印良品とアップルコンピュータによる書斎型など、断続的に家電化されたコンピュータがヒットします。その後もコンピュータの巨大化・スタンドアロン化は着実に進んでいきましたが、物理的に触れ合う機会の多かった“その星”の人々はコンピュータに対して支配的ではなく、相補的な関係を持つようになっていきました。これは家にある壊れたスイッチやドアノブやちょっとした段差などが何年もそこで過しているうちに自然に体に染み込み、暗闇の中でも操作できてしまうような無意識で身体的な関係のようなものです。

21世紀にはいると、SonyによるCellの技術が完成し、巨大コンピュータ同士は処理を分散するために通信しはじめました。書斎での演算に負荷がかかると、ベッド型コンピュータが処理を手助けし、それでも足りなければ、電子レンジやテレビが処理手伝い、負荷分散をします。このようにコンピュータ同士の繋がりが強くなるにつれて、やがてそれらは家を飲み込みはじめ“その星”の人々はコンピュータの中で暮すようになっていきました。やがて家化したコンピュータは、つぎつぎに隣家とも繋がりはじめ、両隣から町内、町内から県内、そして国同士へと、わずか二年の間に世界規模のネットワークが一気に作りあげられました。

その後、“その星”ではエコブームの影響もあり、もはや演算の高速さよりも、ネットワークの安定性と暮らしごこちが優先されるようになりました。2009年末に無印良品から発表されたコンセプトハウス「コンピュータの家」が決定打となり、2011年以降はコンピュータの中で人々がゆっくりとした時間を過ごす、スローコンピューティングの時代になると予想されています。

さて、Dive into the computerという展示は、2011年の“その星”のコンピュータをテーマにしています。ゆっくりと計算されるコンピュータの部屋はなにも生まず、目的もない空間です。そこにちりばめられたオブジェクト同士の関係から現在のインターネットを読み解くきっかけを感じていただければ嬉しく思います。

この物語は “Dive into the computer” 展のコンセプト文として、書き下ろされました。

オブジェクト2 ー “カーソルクッキー” / お菓子

マウスカーソルはコンピュータ上で活躍してくれるもう一人の私である。その象徴であるカーソルクッキーを食べることで、体内でマウスと自分は一つになる。つまりこれもDive into the computerなのである。

オブジェクト3 ー “象徴のクッキー” / お菓子

その星では、「象徴」を飾り、崇める文化がある。お守りのように、絵画のように願いを込めて部屋に「象徴」を飾るのである。また、長い時間を掛けて願いを叶えることができた象徴は、小説の主人公でも、カーソルでも、体験者でもある、つまり一人称の“私”によって破棄される。

オブジェクト4 ー “コンピュータ時間と実時間を変換する装置” / カメラとスキャナ、プロジェクターによるインスタレーション

コンピュータの家の中では時間を自由に変化させることができる。なぜかといえば、一秒間の長さはtimer関数によって指定され、レンダリングされるタイミングで世界が更新されるからだ。この作品は1秒間に40ピクセルずつ実空間からのデータを読み込みコンピュータ世界へレンダリングするための装置である。体験者は部屋に入った時点でコンピュータ時間と実時間をつなぐハイパーリンクのような役割としてコンピュータの家に取り込まれてしまう。

本展覧会はShed inc.の運営するギャラリースペース REAN のオープニング展として3日限定で開催されました。素晴しい場所と機会をくださった Shed inc.橘氏、そして、クッキー制作にご協力いただいたHORIEBUTTON堀内氏をはじめとして、関係者各位に感謝いたします。 by cooked.jp ( 萩原俊矢、横田泰斗、幸前チョロ、大楠孝太朗 )

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